なんとかやってます

ジャニーズWESTとか子育てとか

本日は「週刊うまくいく曜日フラゲ日」

ちょっとしたミニアルバムとの呼び声も高い「週刊うまくいく曜日」が到着。

この何がすごいって、初回Bの特典がライブ映像。おまけじゃないよ、コレ。正直なところ、これだけにお金払ってもいい…というよりむしろ、お金払うから出してくださいッ‼️のレベル。だから、有り難いけれど、商売として大丈夫なのか心配になるぐらい。

 

それはさておき、「週刊うまくいく曜日」のMVの1番の印象が「シゲちゃんの魚屋さんだけ、実写版サザエさんみたいなのなんで?」

それから、通常盤のおまけ配信を見たらカレーが食べたくなったので、ランチはカレーでした。

◯回目の成人の日

  私に「成人式」の思い出はない。なぜなら、成人式には行かなかったから。とはいえ、確固たる信念があって行かなかったワケではなく、次の日が大学の期末試験だった…という単純な理由。

上京していたので、次の日が試験となると地方の成人式に出るのはキツい。なら成人式はやめとくか…というだけの話。私の周辺の地方出身者はそんな友達がほとんどだったので、成人式に出ないことについて特に何ということもなかった。1月15日が成人の日だった時代。

2月、スキー焼けしたアンパンマンのような顔で、振り袖を着た写真だけ撮った。私は場末のスナックのママのようだったが、母は「二十歳の写真は二十歳の時にしか撮れないから」と、やたら嬉しそうだった。その時は「そんなもんかね」と思っていたが、いざ、自分が娘を持つ身になると、当時の母の気持ちが少しだけわかるような気がする。

 

 その足で祖父母に会いに行った。
 お年寄りが、下の世代の着物姿を見ると嬉しそうなのはなぜだろう。祖父母には、たくさんして貰ったにもかかわらず、特に何も返せなかったので、成人の着物姿を見せられたのが孝行になるのであれば救われる。

正直なところ、二十歳の頃から比べて人間が立派になったか? 中身が豊かになったか?と言われれば、それは否。
先があるワカモノなら青くても可だ。対する自分は、ガワはヨレヨレの割に内側が未熟という、なんともお粗末な端末に愕然とする。でも、たぶん死ぬまで未熟で未完成で足りないまんまなんだよ、それだけは学んだ。

 それでも、こうして成人式の日に綺麗に着飾った新成人の姿を見ると、少しだけあの日の自分を思い出して、もう少しだけやってみましょうかね、と気が引きしまるのも事実で。

成人の日はニ十歳を迎えた人だけではなく、既に成人した人も気分を新たにする日なのかもしれない。

いつのまにか8歳

何の気なしに人様の育児ブログなど読んでいたが、気づくとうちのおねいが8歳なのに気づく。

そのブログの方のお子は4歳さんなので、単純に考えると、おねいはその倍の年齢だ。

 

はや!

 

もっとちゃんと育児記録をつけておけばよかった…なんて思うけれけど、正直、最中はそんな余裕もなく。

 

かと言って、幼児育児期間から見る8歳は「ほぼ大人」のイメージだったけれど、おねいが、いざ8歳になってみたところで

ほぼ大人→手がかからない→私、めつちゃ楽♡

でもない。

むしろ、手のかかり具合は、体感としてほぼ変わらず…。

 

だだ、今、思うのは、

・子育で手抜きすると後が大変

ということ。

ただし、これは物理的な手抜きではなく、子供の精神面の話。むしろ、寄り添う時間が増えるならば、物理的手抜きはどんどんすべきだと思う。手作りごはんの呪いとか、ホントにくだらない。

親が思うよりも、子供は「一緒に◯◯した」ことが大事。もしくは、見てもらっているとか。

たった1回でもすごく大事に残ってる。

 

先日、早くから「1人で1人で!」と、親に充分なケアをされずに育った結果、メンタル的に病んだ女性の話を読んだ。大人になってから改めて親に育て直しのように接されて、良くなっていったそう。

 

「子供に手をかける(気持ちをかける)量は同じ。小さい頃に惜しむと、成長してからもっと必要になります」

という、幼稚園の先生の言葉を思い出した。

 

正直、自分もせっかちなので、子供のペースやら「見て見て」にウンザリしたことも山ほど。でも、今になって、子供にあゆみを合わせた時間がいかに大切だったかに気づく。

まぁ、まだまだ子育て道の先は長いのだけれど。

 

こんな人生でよいのか

コロナのせいなのか、もしかしたら更年期障害? なのかわかんないけど、もうホントに毎日がクソつまんねー!

人生ムダにしてる感。

虚しい。

 

執念深いのは悪で切り替えが早いのは善か?

執念深いのは悪で切り替えが早いのは善か?

は、深い意味があるわけではなく、おねい(8歳)の日常生活について。

 

毎日毎日毎日、だらだらして同じことで怒られているんだけど、割り切り良すぎ。

全く反省しないよね。てか、聞いちゃいないよね、アレ…。

 

むしろ、少しは「あのババア、毎日同じことで怒りやがって、クソー💢」って、イッパツフンキしてほしいんすけど。根に持って、見返してほしいんすけど、むしろ。

 

その願いは、本当にアナタが望んだものか?

その願いを叶えたいのはなぜか? と考えた時に

・みんながそうだから

・それが普通だから

・そうでないと変な人に見られるから

・そうだと自慢できるから

あたりが主な理由になるとして、全て他者視点だな、と気づく。

 

だけど「では、アナタの希望や願望で100%他者視点を含めていないものはありますか? 」と聞かれると悩んでしまうかも。

 

氾濫する他者視点からの評価に左右されない自分の願望とは何だろう? 

洗い出しをするだけでも、自分の知らない自分だけが持つ価値観に気づくかもしれない。

考えているのとは違うゴール設定、アプローチが必要なのかもしれない。

我慢して付き合う友達ならいらない

20年来のお付き合いだけれど、そろそろご縁もおしまいで良いかな、と感じる人がいる。

 

大人になるとなかなか友達ができないと聞くので、付き合いを無くすことはずっと躊躇してきたけど、やはり無理。

 

他の友人とは、行き違いやら誤解などあっても、お互い様だし、他に良いところがあるし、何より向こうも私に我慢してくれているところがあるだろうな…など、気持ちを切り替えることはできたけど、その人はむしろ「そういうとこやぞ」が蓄積してしまっていた。

 

若い時から彼女に対して気になっていたことを見て見ぬ振りをしてきたけど、ここで「もういいや」と手放したい。

 

あちらからすれば、こっちが丁寧に接するほどの価値がない人間だったのかも。

 

ただ、そうだとしても、もう潮時。友人が減ることよりも、これで嫌な気分にならずに済む、と気持ちがスッキリできているのが嬉しい。